研究成果物 | 乳がん検診の適切な情報提供に関する研究 | 福井県済生会病院

研究について

乳房構成判定アトラス

1.乳房構成(breast densityあるいはbreast composition)

マンモグラフィは乳房の基本的画像診断方法であることは間違いない。現在、乳がん検診において、死亡率減少効果の証明されている手法はマンモグラフィだけであり、国の政策として乳がん検診にはマンモグラフィが使用されている。マンモグラフィの利点は、1枚の画像のなかに乳房全体が収まり、客観的観察が可能であることや比較的安全に多くの対象に短時間で撮影可能なことなどが挙げられる。一方、被ばくが生じることや、撮影時の圧迫による痛み、高濃度乳房では偽陰性が生じやすいという欠点が挙げられる。画像診断における限界は、どの手法にもあるが、マンモグラフィにおける偽陰性の大きな要因は、その乳房構成にある。マンモグラフィにおける濃度は、X線吸収の相違が反映され、主として脂肪、乳腺組織を含む軟部組織、石灰化の大きく3つに分けられる。しかし、乳腺組織そのものと乳癌の腫瘤のX線吸収率がかなり近いために、乳腺組織の多い乳房では、そこに生じた乳癌が隣り合うあるいは重なり合う乳腺組織から区別して認識することが困難であり、結果として偽陰性を生むことになる。これが、マスキング効果である。また、高濃度乳房では、乳癌発症のリスクも高いとされており、日本乳癌学会編乳癌診療ガイドライン2018年版でも、マンモグラフィの乳房構成が乳癌発症リスクと関連するかというquestionに対して、エビデンスグレードはconvincing確実であるとステートメントが出されている。

2.乳房構成に関する展開

日本でマンモグラフィ検診が開始され20年以上が経過する。検診に精度管理が極めて重要であることは間違いなく、マンモグラフィの導入以前から日本乳がん検診精度管理中央機構(当時日本マンモグラフィ精度管理中央委員会)が中心となり、マンモグラフィの撮影・読影に関して、精度管理は徹底されてきた。しかし、検診そのものの利益不利益の理解、画像診断の限界に関して、最初の教育普及が出遅れた感がある。
乳房構成に関して言えば、一般女性への理解は進まず、2016年にメディアからデンスブレストのマスキング効果を指摘され、この課題に対して、日本乳癌検診学会として対応すること、関連学会とワーキンググループを設置し検討することが決定された。こうして、デンスブレスト対策ワーキンググループが立ち上がり、その定義、普及などに取り組むこととなった。もちろんこの課題は検診のみならず、臨床にも当てはまるものではあるが、検診の場で大きく取り上げられたのは、診療では直接医師からの説明があったり、また超音波検査をはじめとする他の検査を施行しているためにそれほど大きい問題にはならなかったものと考えられる。
もともと、日本におけるマンモグラフィガイドラインは、北米放射線学会か作成するBI-RADSの翻訳と改変から作成された。マンモグラフィ初版から第3版増補版まで、乳房構成は、脂肪性、乳腺散在、不均一高濃度、高濃度の4つに分類され、高濃度になるほど病変が乳腺組織によって隠されてしまうリスクが高いこと、したがって、レポートの最初にはこの構成を記載し、どのような構成のもとで読影されているかを表記することを勧めている。この記載は検診施設、精査施設にかかわらず、すべてのマンモグラフィに関して行われる。しかし、この4つの乳房構成に関しては、観察者間、観察者内でのばらつきがあることも当初から指摘されており、典型例はよいものの、どちらに分類したらよいか迷うものも少なくない。ワーキンググループの研究は、厚生労働科学研究費・厚生労働行政推進調査事業費補助金(厚生労働科学特別研究事業)乳がん検診における乳房の構成(高濃度乳房を含む)の適切な情報提供に資する研究(平成29年7月1日~平成31年3月31日)、さらに がん対策推進総合研究事業 乳がん検診の適切な情報提供に関する研究(平成31年4月1日~令和2年3月31日) に引き継がれ、この4つの分類そのものは変更ないものの、できるだけばらつきを抑えられるように、より客観的な評価可能な具体的分類方法を決定する必要があるということが研究班にて決定された。

3.乳房構成の定義

乳房構成は、乳房内の乳腺組織の量と分布(脂肪の混在する程度)に関する評価であり,脂肪性、乳腺散在、不均一高濃度、極めて高濃度の4つに分類することとなった。高濃度乳房(dense breasts)と呼称する場合には、不均一高濃度と極めて高濃度をさすこととする。先に述べたように、初版から第3版増補版までは、最も乳腺組織の量の多い構成は“高濃度”とされていたが、広義の高濃度乳房(dense breasts)と混同しないように、“極めて高濃度”と呼称することとなった。以下にこの4つの構成について説明する(図1)。

乳房構成の定義

なお、構成の判定については、基本的にはMLO撮影を用い、CC撮影を参照して行う。
1)脂肪性 fatty:乳房はほぼ完全に脂肪に置き換えられている。病変が撮影範囲に入っていれば、検出は容易である。
2)乳腺散在 scattered :脂肪に置き換えられた乳房内に乳腺実質が散在している。病変の検出は比較的容易である。
3)不均一高濃度 heterogeneous dense:乳腺実質内に脂肪が混在し,不均一な濃度を呈する。病変が正常乳腺に隠される危険性がある。
4)極めて高濃度 extremely dense:乳腺実質内に脂肪の混在はほとんどなく,病変検出率は低い。
上記の分類は“極めて高濃度”の用語変更はあったものの、定義としては変更なく、またBIRADSで使用されている4つの分類に対応するものとしてよい。
今回、上記の4つの乳房構成を、読者間、読者内で、よりぶれなく評価するために具体的方法を示すこととなった。すなわち、もともと乳腺組織が存在していたと考えられる領域を分母とし、乳腺組織を分子として、その割合で4つの分類を決定する(表1、図2)。

乳房構成の定義

分母は、あきらかな乳腺後隙の脂肪のみの部分、皮下脂肪、大胸筋部分を除くこととする。分子は、上記の分母のなかで、大胸筋と等濃度以上の部分の面積の総和とする。この割合が、10%未満を脂肪性、10%から50%未満を乳腺散在、50%から80%未満を不均一高濃度、80%以上を極めて高濃度と判定する(図3、4)。

乳房構成の定義

判定に迷った場合には、評価対象としたMLO撮影圧迫乳房厚30㎜を目安とし、それより薄い乳房では、“脂肪性より”に判定することとする。例えば、乳腺散在か不均一高濃度か迷った場合、MLO撮影の乳房圧迫厚が20㎜であった場合には、“乳腺散在”と判定する(図5)。不均一高濃度か極めて高濃度か迷った場合、MLO撮影の乳房圧迫厚が74㎜であった場合には、“極めて高濃度”とする(図6)。

乳房構成の定義

これは、“高濃度乳房(dense breasts)”と分類された乳房でも、圧迫乳房厚が30mm未満の場合乳癌の検出率は低くないという報告を根拠とする1)。特に迷いなく判定できる場合には、そのまま判定してよく、常に厚さを用いなければならないということではないことを追記しておく。マンモグラフィ上の圧迫厚を用いるのはあくまでも判定に迷った時である。
乳房の構成の判定は、検診などで1人ひとつの判定を求められる場合には、乳房に左右差がある場合にはより高濃度よりの判定を用いることとするが、乳房ごとに判定してもよい。また、診療上のレポートなどでは、乳房毎に評価するのが望ましい。
高濃度乳房という用語が独り歩きし、あたかも疾患名のようにとらえられた向きもあるが、この4つの分類は、あくまでも乳房内の乳腺組織の量と分布(脂肪の混在する程度)に関する乳房構成であることをしっかりと誤解なく理解することが重要である。

4.乳房構成の評価の限界と今後

乳房構成の判定において、認識し注意しておくべき事項がいくつか挙げられる。
まず、よく知られているように、同じ女性であったとしても、当然年齢によってその構成は変化する(図7)。年齢が上がると、乳腺組織の退縮が生じ、乳房内の脂肪組織の占める割合が増加する。ただし、その変化の仕方は組織構成によっても変わることが知っておくとよい。乳房全体がすりガラス様の線維化で高濃度を示している場合には、高齢になってもあまりその構成に変化がない。頻度は少ないが、高齢者の乳房でも全体に高濃度にみえる乳房に遭遇するが、これは乳腺組織のなかの間質の線維化部分によって高濃度にみえるためである。
次に体重などの変化によっても乳房構成は大きく変わる。全体に体重が増え脂肪が多くなると、より脂肪性となり(図8)、その逆の症例もこともある。またホルモン補充療法などでも乳房構成は変化する。

乳房構成の評価の限界と今後

また、乳房全体が高濃度で病変の検出の感度が少ない乳房である、という場合、腺葉が多く厚い乳房である場合を想定しがちであるが、もともと乳房が極めて薄く脂肪が少なくて単にコントラストがついていない場合も含まれることに注意したい(図9)
さらに、技術的な要因で乳房構成の判定が変わってしまうこともある。マンモグラフィの画質処理により、見た目の濃度が変わりうるということは重要である。大胸筋の濃度は、すべて一定というわけではなく、画質処理によりかなり変わり、大胸筋の濃度をスタンダードにするという時点で、乳房構成への影響が生じうることを意味する(図10)。

乳房構成の評価の限界と今後

さらに、迷う場合には乳房厚を30㎜で線を引き、その厚みで乳房構成を決定するという方法は、判定に悩むときに数値で判定を可能にできるという意味ではよい手法といえるが、反面、圧迫圧によって乳房の厚さが変化することに結びつく(図11)。仮に100Nでの圧迫を行い28mmの乳房厚である女性が、もし70Nでの圧迫であれば、乳房厚32㎜となる可能性は十分にあり、もしこのマンモグラムが典型例のはざまにあって、読影者が判定に迷い、乳房厚によって分けたとすれば、同じ乳房であるにも関わらず、乳房構成判定が異なることになってしまう。
読影者間、読影者内のぶれをなるべく少なくするということも重要であるが、どのような方法を用いたとしても完全一致はあり得ないと思われる。むしろ、乳房構成の判定はそのように完全なものではないことを理解するほうが望ましいと考えている。
乳房構成の判定の今後は、デジタル技術による定量的判定やAIにとってかわられるものかもしれない。実際の現場でAIを取り入れて読影している施設はまだ少ないと考えられるが、すでにデジタルでの定量的判定を取り入れている施設もある。今回の提案は、視覚的定性的判定についてのぶれを少なくするためのものであり、決してデジタル技術を否定しているものではない。デジタル技術による定量的判定についても限界が生じることもわかっている。いずれにしても、乳房構成は絶対的なものではないことを理解しつつ、マスキング効果を考慮し、読影前の前提として記録していくことが求められる。

乳房構成の評価の限界と今後